相続放棄の注意点
1 相続放棄は、「相続放棄を得意とする」「弁護士」に依頼する 2 相続財産には手を受けない 3 残置物・不動産がある場合は弁護士へ依頼 4 被相続人死亡から3か月以上経過している場合 5 相続放棄は被相続人死亡後にしか行えない 6 法律上の相続放棄と事実上の相続放棄 7 相続放棄は相続順位に従って連鎖的に行う
1 相続放棄は、「相続放棄を得意とする」「弁護士」に依頼する
⑴ 弁護士だけが相続放棄の「代理人」になれる
弁護士だけが、家庭裁判所に対する相続放棄手続きの代理人になることができます。
代理人がいれば、原則的に家庭裁判所は代理人との間で全ての手続きを行います。
そのため、弁護士に相続放棄手続きの代理を依頼することで、相続放棄申述書の作成と提出はもちろん、その後の過程裁判所から問い合わせや質問等にも全て対応してもらえます。
代理人がいないと、家庭裁判所からの連絡は申述人ご本人様になされます。
他の士業に相続放棄の書類作成・資料収集の「代行」を依頼した場合、相続放棄申述書は申述人ご本人様の名義で提出することになりますので、家庭裁判所から見たらご本人様が手続きをしていることになります。
そして、家庭裁判所から質問がなされた際、回答の仕方によっては、相続放棄の手続きが認められなくなる可能性もあります。
そのため、相続放棄を行う際は、弁護士に代理を依頼すると安全です。
⑵ 相続放棄は、付随問題の対応が難しい
相続放棄の手続き自体は、相続放棄申述書を書いて戸籍謄本類とともに提出し、必要に応じてその後の質問へ回答するのみで終了します。
ところが、相続放棄の真の難しさは、被相続人を取り巻く状況への対応です。
相続放棄を進める際、法定単純承認事由に該当する行為といって、行ってしまうと相続放棄が認められなくなる可能性がある行為がたくさんあります。
被相続人の未支給年金の受け取りや健康保険の支払い、準確定申告、水道光熱費などの引き落とし、賃貸物件に住んでいたのであれば未払い家賃や明渡し、市区町村による葬儀補助の申請、銀行口座の凍結など、被相続人の財産等に関して、やってよいことと悪いことを判断しつつ、一つ一つ対応していく必要があります。
相続放棄するのだから全部無視してよいアドバイスがなされることがありますが、現実にはこのような対応は困難です(依頼者の立場に立っていない、無責任なアドバイスとさえいえます)。
被相続人が貸金業者等にお金を借りていた場合などは、相続人へひっきりなしに連絡が来ることがあり、大変怖い思いをされることがあります。
そのような場合,貸金業者等へ一報を入れ、これから相続放棄の手続きに入ること、相続放棄完了後は債務の弁済の義務を一切負わないことを説明し、請求をいったん停めてもらうなどの対応が必要です。
⑶ 後日相続放棄の効力が争われることに備える
無事家庭裁判所から相続放棄が認められた旨の書類が届いても、まだ安心はできません。
被相続人にお金を貸していた人が現れて、相続人に対して借金の返済を請求するとともに、相続放棄が無効であるという主張をすることがあります。
具体的には、貸金返還請求訴訟などを提起したうえで、相続放棄が無効であることを、証拠とともに主張することが想定されます。
このような場合には,相続放棄が適法に成立している旨の反論をすることになりますが,その際には証拠を示す必要があります。
日頃から訴訟を経験している弁護士であれば、もし被相続人の債権者から訴えられたとしても、どのような証拠や資料があれば相続放棄が適法に成立していることを証明できるかを事前に検討し、準備をしたうえで相続放棄手続きを進められますので、相続放棄後も安心です。
2 相続財産には手を受けない
⑴ 法定単純承認事由
相続放棄は、法定単純承認事由に該当する行為をした場合、認められなくなることがあります。
法定単純承認として,①相続財産の処分,②熟慮期間の徒過,③限定承認,相続放棄後の背信的行為などをした場合があげられます。
実務上、特に問題になるのは、①相続財産の処分です。
意図して行ったものはもとより、実際には意図せずした相続財産の処分行為等が多く,意図しなかったものであっても相続放棄ができなくなる場合がありますのでご注意ください。
⑵ 相続財産の処分
相続財産の処分の典型例として、預金を引き出して自己のために消費すること,故人の財産を売却すること,老朽化した家屋を取り壊したりすること等があげられます。
一方で,倒壊の恐れのある家屋を補修するような場合は保存行為とされ、処分には該当しない可能性が高いでしょう。
また,紙くずやホコリなど,明らかに交換価値のない財産についての処分行為であれば,通常,特に問題となりません。
故人の身の回りの日用品などは、形見分け程度であれば受け取っても処分にならない旨,裁判所が判断しています。
他方、時計,貴金属等の高価なものを持ち出すことは相続財産の処分に該当する可能性が高いと言えます。
また,相続財産から常識的な範囲で葬儀費用を支出をすることは、裁判例において相続財産の処分とはみなさないという判断がなされています。
相続財産の処分に該当する可能性が高いものとしては、不動産や自動車の売却、被相続人の預貯金等を用いた相続債務の弁済,遺産分割協議があげられます。
そのため相続債務の請求を受けた場合,遺産分割協議の連絡などがあった場合などには,対応に注意する必要があります。
⑶保険金・支給金・還付金等
被相続人に関わる保険金や,市町村による支給金・還付金等を受け取ってよいか否かの判断は、非常に難しいです。
契約の内容や根拠法令により,受取ることができるお金の性質が変わるためです。
すなわち、法的性質が相続財産であれば受取ることはできず(債権の取立てになる)、相続人固有の権利であれば受取ることができるということになります。
この判断は、契約内容や関連法規を参照し、個別具体的に検討しなければなりません。
かつ請求先の窓口等で,相続人固有の権利であることを確認することも行った方が安全であるため,慎重な判断,行動が必要となります。
3 残置物・不動産がある場合は弁護士へ依頼
⑴ 残置物がある場合
被相続人が亡くなると、着古した衣類や,何年も使った家財道具などが残ることがほとんどです。
このようなものを総称して残置物ということがあります。
通常、これらのものは相続しても使うことはありません。
相続放棄を検討している相続人を悩ます問題として最も多いのが,被相続人の残置物の取扱いです。
被相続人が賃貸物件に住んでいた場合などは,大家さんなど賃貸人から撤去を求められて板挟みに遭うこともあります。
裁判例では,残置物について,形見分け程度の処分であれば単純承認にはならないとされています。
一方,残置物の全てまたは大半を処分した場合についての判断は確立していません。
先述の通り,財産を使用した場合を単純承認事由とすることの趣旨からは,財産的価値のない物を処分したことは単純承認事由にあたらないと解釈できますが,判断が確立していない以上,リスクを最低限に抑える必要があります。
どうしても残置物を処分しなければならない場合,処分したものの中に財産的価値のある物がなかったことを説明できるような準備が必要ですので,具体的な手段について,専門家に相談することをお勧めします。
⑵ 不動産がある場合
前提として、不動産は捨てることができません。
そして、登記情報に所有者の情報が載っているため、誰が現在の所有者であるかがわかってしまいます。
被相続人がご自宅の土地,建物などの不動産を所有していた場合,相続開始時点で、法定相続分に従って、相続人に相続が発生します。
そして、妻(夫),子,親,兄弟姉妹等すべての相続人が相続放棄をすると,その不動産は所有者不在となります。
相続放棄をした元相続人には,この相続財産に対する管理責任が残ります。
民法には,相続を放棄した者は、放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるようになるまで、自己の財産と同一の注意をもって財産の管理を継続しなければならないという定めがあります(2020年1月現在)。
この管理責任については,誰に対し,どのような内容の責任を負うのか,確立していない部分はあります。
言い換えれば、たとえ相続放棄をしたとしても,放置していると、被相続人が有していた不動産に関連して何らかの責任を負わされる可能性が残ります。
そのような場合,最も根本的な解決方法は,裁判所に対して相続財産管理人の選任を申立てることになります。
ただし,申立てには費用がかかるほか,裁判所に対しても予納金を納めなければならず,金銭的負担は相当なものとなります。
4 被相続人死亡から3か月以上経過している場合
相続放棄の期限は,「相続の開始があったことを知った日」から3ヵ月です。
この期間を過ぎてしまうと、相続放棄はできなくなる(相続したものとみなされる)ため、注意が必要です。
相続放棄の期限は、あくまでも「相続の開始があったことを知った日」から起算されますので、理論上は、被相続人が死亡してから3か月以上経過していても、被相続人が死亡したことを知ってから3か月以内であれば相続放棄はできることになります。
もっとも、裁判所側は、通常であれば被相続人が死亡した日またはそれに近い日に、相続の開始を知ると考える傾向にあります。
そのため、相続放棄の申述が、被相続人死亡から3か月以上経過してなされる場合には、事情を詳しく説明しなければなりません。
すなわち、被相続人が死亡したことを、後になって知ったという経緯と、それまで被相続人死亡の事実を知り得なかった理由を説明することになります。
このような事情を家庭裁判所に効果的に主張するためには,相続人の方の個別事情を詳しく伺い,具体的な事実を書面にまとめて提出する必要があります。
そのためには,弁護士のサポートが欠かせませんので,弁護士に相談しましょう。
5 相続放棄は被相続人死亡後にしか行えない
ときおり誤解されていることですが、相続放棄は、被相続人がご存命のうちに行うことはできません。
(これに対し、遺留分の放棄という制度もあり、これはご存命のうちに行うことができます)
相続放棄は,「相続の開始」があったことを知った日から3か月以内に行うと定められています。
「相続の開始」とは、被相続人が死亡することを指します。
そのため、被相続人が死亡しない限り、行うことができない手続となります。
もっとも,被相続人がご存命のうちから,予め相続放棄の準備をしておくことはとても効果的です。
相続放棄をするにあたって,行ってもよいこと,行ってはならないことを事前に調査しておけば,法定単純承認事由に該当する行為を行ってしまうリスクを軽減できます。
また,残置物となり得る家財道具などを,被相続人の了解を得て処分しておけば,法定単純承認事由に該当する行為を行ってしまうリスクを軽減できます。
6 法律上の相続放棄と事実上の相続放棄
法律上の相続放棄は,被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、「相続放棄申述書」及び戸籍謄本類等の添付書類を提出し,裁判所が相続放棄を認めて受理することで成立します。
そして、裁判所が相続放棄の申述を受理すると、申述人は初めから相続人でなかったことになります。
一言でいえば、相続財産(負債含む)に関して、完全な他人になります。
被相続人の財産を受け取ることはできなくなりますが、同時に債務も一切負担することがなくなります。
これに対して、一般的に事実上の相続放棄と呼ばれるものもあります。
事実上の相続放棄とは、他の相続人に対して、相続財産を取得しない旨を伝えたり、遺産分割協議において、一切財産を取得しないの同意をすることです。
事実上の相続放棄をすると、プラスの相続財産は一切取得できません。
それにもかかわらず、相続債務は、原則として一部を負うことになります。
ここが、法律上の相続放棄と大きく異なる点です。
そのため,仮に被相続人が多額の負債を負っていたなど,マイナスの相続財産が多い場合,相続放棄をしたと思い込んでいるところに,債権者から支払い請求がくることになりかねません。
その時,既に遺産分割協議をしてしまっていたり、被相続人が死亡したことを知ってから3か月を経過してしまうと,原則として相続放棄はできず,支払い請求を拒絶できないこともありますので,注意が必要です。
相続放棄は必ず家庭裁判所に申述書を提出し,確実に手続を行いましょう。
7 相続放棄は相続順位に従って連鎖的に行う
法律上、相続には順番があります。
亡くなられた方に子がいる場合、子が第一順位の相続人となりますので,まず初めに相続放棄を行う必要があります。
子がいない方の場合や,先に子が亡くなっていてその子(孫)もいない場合、第二順位である親(直系尊属)が相続人となります(孫がいる場合は、代襲相続人として第一順位の相続人になります)。
すでに親が亡くなっていて,その上の親も亡くなっている場合,ご兄弟姉妹が第三順位の相続人となります。
ややこしい点は,第二順位以下の方は,先順位の相続人が相続放棄をするまで,相続放棄手続を開始できないことです。
相続放棄の手続をできるのは、「相続人」だけだからです。
相続放棄を行うと,その人は初めから相続人でなかったことになります。
つまり,第一順位の相続人がいる場合,その方が相続放棄をした時点で相続人としては存在していなかったことになり,次の順位の方が相続人となるのです。
相続人になり得る方全員が相続放棄を完了するには,何段階も相続放棄を行う必要があるため,時間や費用も多めに見積もっておく必要があります。
相続放棄を担当した弁護士が,次の順位の相続人に書面で連絡をすることで,裁判所に対して「相続の開始を知った日」を客観的に示すことができるので,活用するのも手です。